看護師等の医師に対する報告義務について
医療に関する紛争では、看護師等の医師に対する報告が適切だったかどうかが問題とされることがあります。
例えば、入院中の患者の状態に変化(異常)が生じたとき、看護師が、患者の異常に気付いたものの、医師に報告しなかったとします。そして、看護師が医師に報告しなかったため、患者の病状が悪化し、もし、すぐに医師に報告していたとすれば、患者の病状は悪化しなかったとします。このような場合、看護師が患者の異常をすぐに医師に報告しなかったことがミス(過失)といえるかが、裁判で争われることがあります。
どのように考えればよいでしょうか。
1 別紙の3つの裁判例は、看護師または助産師が患者の異常を医師に報告しなかったことが過失かどうかについて争われたものです。これらをみると、患者にある程度の異常が認められる場合は、そのことを医師に報告する義務があるといえるが、その「異常さ」を打ち消すために十分な事情(つまり、患者の状態がそれほど異常とはいえないという事情)を看護師等が自ら確認した場合は、医師に報告しなかったことが過失とはいえないと判断されるようです。
例えば、別紙の裁判例①では、患者に「ベッドからの転落」という異常事態が認められました。これに対して看護師は、患者の頭部に外傷が見当たらないこと、バイタルサインに異常がないこと、意識障害が認められないこと等を確認したことから、看護師が医師に報告しなかったことは過失とはいえないと判断されました。
また、別紙の裁判例②では、「注射針穿刺後の鋭い痛み」という異常が生じました。これに対して看護師は、患者に痺れが認められないこと、患者から特段の申出がなかったこと、患者が歩いて手術室に入ったことを確認したことから、看護師が医師に報告しなかったことは過失とはいえないとされました。
一方、裁判例③では、投与されると髄膜炎菌に感染しやすくなるとされるソリリスを投与されていた患者に「急激な悪寒と高熱」という異常が生じました。これに対して、患者から電話を受けた助産師は、「(患者が)電話口での様子は落ち着いており、会話も可能であった」ということを確認しました。しかしながら、助産師が確認した事情は、「異常さ」を打ち消す事情としては十分でなく、このため、助産師は患者の状態を医師に伝えるべきだったと判断されたと、考えられます。
2 以上のように、患者の異常を確認した看護師等の医師への報告義務の有無(医師に報告しなかったことが過失[ミス]といえるかどうか)については、①患者に生じた「異常さ」の程度と、②看護師等が、その「異常さ」を打ち消す事情をどの程度確認したかを考慮して、判断されるといえます。
別紙:看護師等の報告義務に関する裁判例
① 岡山地裁平成26年1月28日判決・判例時報2214-99
入院していた患者がベッドから転落して急性硬膜下血腫により死亡した事案です。
⑴ 午前1時30分頃、「オーイ、オーイ。」との患者の呼び声があり、看護師が訪室すると患者がベッド右側足元の床に転落していました。看護師二人で患者をベッドに抱え上げました。患者は、右殿部から大腿にかけて打撲し痛みを訴えましたが、変形や発赤等の異常を認めず、全身を観察しましたが、変形や外傷はありませんでした。バイタルサインも異常ないため、頓用のロキソニン1錠を内服してもらい経過観察としました。
約5時間後、患者の状態が急変し、その後、患者は急性硬膜下血腫により死亡しました。
看護師は、患者がベッドから転落しているのを発見した時点(午前1時30分頃)でそのことを医師に報告しておらず、そのことが病院側の過失と言えるかどうかが、争われました。
⑵ 判決は、ⅰ)患者がベッドから転落しているのを発見した時、看護師が、患者に頭を打っていないかと尋ね、患者は打っていないと答えたものの、患者の髪をかきわけながら頭部を検査し、外傷がないことを確認し、バイタルサインを検査したこと、ⅱ)看護師らは、患者が転落又は転倒したような物音を聞いていないこと、ⅲ)急性硬膜下血腫は受傷直後に意識障害が現れることが多いが、患者には転落時に意識障害の症状は発現していないこと等から、患者がベッドから転落しているのを発見した時点で、看護師がそのことを医師に報告しなかったことは過失とはいえないと、判断しました。
② 静岡地裁平成28年3月24日判決・判例時報2319-86
手術の準備として点滴ルートを確保するために、看護師により末梢静脈留置針の穿刺を受けた患者が、複合性局所疼痛症候群(CRPS)を発症し後遺障害を負った事案です。
⑴ 患者は、注射針を穿刺された瞬間、それまで点滴ルート確保の際には感じたことのない鋭い痛みを感じ、「痛い」と声を上げました。
その際、看護師が医師に報告しなかったことが、過失に当たるかどうかが争われました。
⑵ 判決は、ⅰ)看護師は、上記の穿刺行為の際、患者から痛みの訴えがあったことから、痺れの有無を確認したところ、痺れはないとの返答があったこと、ⅱ)看護師は、病室から退室する際、患者の様子を確認したが、特段の申出はなく、その後ナースコールもなかったこと、ⅲ)患者は、点滴スタンドを左手で押しながら歩いて手術室へ入ったことから、「B看護師が原告(患者)の痛みの訴えについて穿刺に伴う通常の痛みの範囲内であると判断し、医師に報告しなかったとしても、義務違反があったとまでいうことはできない。」と判断しました。すなわち、判決は、看護師が医師に報告しなかったことは過失とはいえないと、判断しました。
③ 京都地裁令和3年2月17日判決・判例時報2503-56
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療のために病院でソリリスの継続的な投与を受けていた患者が、髄膜炎菌感染症により死亡した事案です。
なお、一般にソリリス投与時は、髄膜炎菌に感染しやすくなるとされます。⑴ 患者が死亡前日に急激な悪寒と高熱を生じ、その日の午前中にソリリスの投与を受けたことを同病院産科の助産師に電話で伝えたところ、同助産師は医師の指示を求めることなく、乳腺炎の可能性が高いと自ら判断し、翌日まで様子を見るようにと患者に指示しました。
翌日、患者は死亡しました。
死亡前日に患者から電話を受けた助産師が、来院して医師の診察を受けるよう患者に指示しなかったことが、過失に当たるかどうかが争われました。
⑵ 判決は、助産師が把握した患者の症状の内容からすると、「助産師としては、患者からの症状の説明等を医師に伝え、医師の指示に基づき対応するべき注意義務があった」と判断しました。
なお、保健師助産師看護師法第38条は、「助産師は、妊婦、産婦、じょく婦、胎児又は新生児に異常があると認めたときは、医師の診療を求めさせることを要し、自らこれらの者に対して処置をしてはならない」と規定しており、判決は、この条文も上記の助産師の注意義務を認定する際の根拠としています。
病院側は、死亡前日に患者から電話があった際、「(患者が)電話口での様子は落ち着いており、会話も可能であった」等と主張しましたが、認められませんでした。